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ぬくだまPV☆できました

2010年04月30日

縄文魂 

今朝、玄米を炊こうと思ったら、

パリーン

土鍋のふたを落っことして割ってしまいました。。。ぐすん

我が家のご飯用の土鍋は2重の蓋になっていて、その外蓋が割れてしまいました。
内蓋のみで炊いてみましたが、
やっぱり外蓋もあったほうがふっくら炊ける気がします。

落ち込みながら割れた蓋を拾って、袋に入れようとして
ふと手が止まりました。

「そうだ!接合すればいいんだ!!!」

私は学生時代、考古学で縄文土器の研究をしていて、
実は社会人1年目は調査員として働いていたこともあるんですおすまし

皆さんが、博物館などで見かける縄文土器は
完全に土器の形をしているものが多いと思いますが、
よーく見てみると、
実はばらばらの破片が上手にくっつけてあって、
さらに欠けている部分は石膏を入れて
同じような文様を描いたり、色を塗って
ぱっと見るとまるで完成形のように修復してあるのが分かると思います。

発掘現場では、ほとんどの場合、土器はバラバラの状態で出土します。
それを遺跡の中を数メートル四方に方眼紙のように区切った一区画ごとや遺構ごとに分けて集めて、
崩れないように丁寧に洗って、
ひとつずつに出土地点を記入して、
そこから広い机に土器をばーっと広げて
同じ土器の破片を見つけては立体パズルのように組み立てていくんです。

おもしろそうでしょうニコニコ

でもこれがなかなか、根気もセンスもいる作業なんですよね。
遺跡によっては段ボール箱にして数百箱なんてこともありますから。
そうやって補修・復元された土器が、博物館などで皆様のお目にかかるわけです。

そんな「割れて出土するのが当たり前」の土器ですが、
実は縄文時代の人々が修復して使った痕(補修孔)がある土器の破片も時折出土します。


土器の割れ目の両側に孔を開けて
そこを植物で編んだ縄など結んでつなぎ合わせ
壊れた土器を再利用しているんですね。

まさにエコライフ。

土器つくりや陶芸をされたことがある方は分かると思いますが、
水が漏れず、煮炊きに耐えうる器をつくるということは
とっても大変なことです。

粘土を探し、
粘土だけでは割れてしまうので、砂や植物繊維を混ぜ、
よく練って、形をつくり、十分に乾燥させ
野焼きで中まで火が通るまで焼く
というのは、想像以上に時間も知恵も労力も必要とする作業です。

特に縄文土器はその文様の多彩さから、
文様によって何か物語っているのではないかといわれるくらい、
こだわった文様を施します。

補修孔のある土器を見つけると、
そんな大切な土器が割れてしまったときに、
煮炊きには使えなくても
他の使い道で大事にに使い続けるという、
縄文人のものへの愛情を感じて
とても温かい気持ちになったものです。

便利さに慣れてしまった私たちは
縄文人ほどに自然と共生した暮らしをするのは難しいかもしれません。
でも、縄文人を先祖にもつ私たちには
この縄文魂が受け継がれているんです。

氷河期が終わり、環境が激動する縄文時代に
上手に自然と共生して生きた縄文人。
彼らの知恵に学びながら、私たちも今、この時代にあった
自然と共にある暮らしを見つけていけるはずです。


東洋医学 自然農 縄文時代

役者はそろったという感じ。
ひだまり堂はこれからもこの3つを軸に
生きることを楽しむ方法を探していきたいと思います!

すみません。長くなりました。
鍋の蓋を割ったことで、くすぶっていた縄文魂が再燃してしまいました炎
読んでいただいてありがとうございます。

GWは1~5日までお休みをいただきます。

ますますパワーアップ&マニアックになるひだまり堂を
これからもどうぞよろしくおねがいしますよつば




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Posted by hidamari at 13:33│Comments(5)えんがわ日記
この記事へのコメント
ひだまり堂がどんどん進化していますね~
楽しみ、楽しみ。
連休はゆっくりしてください。
私ものんびりして、ちょっとだけ仕事をしてすごします^^
Posted by テレーズ at 2010年04月30日 15:57
テレーズ様

いつもありがとうございます。
自然農や縄文文化に触れることで
東洋医学の理解が深まっていく気がします。
今まで歩んできた道が一本に重なっていく感じです。

このマニアックさを受け入れ共感してくださる患者さま。。。
本当にありがたいです。

東洋医学ミニ講座も楽しみにしていてくださいね!
Posted by hidamarihidamari at 2010年04月30日 23:01
ご無沙汰してます。

 お元気そうでなによりですね。
自然農の記事など、興味深く読みました。
 玉栄さん、みるく顔ですよね〜。 それぞれの土地にお任せ。 待つチカラって大事ですね。
 今回の、つなぎ合わせて使われていた土器のお話、なぜか、ひっじょ〜に響きました。
 今度、話してくださいな。
Posted by ちる at 2010年04月30日 23:23
ちるさま

こんばんは。
縄文話に興味を持っていただけてうれしいです。

なんぼでも語りますよ~

玉栄さんが教えてくださる自然農。
その土地の恵みを虫や動物たちと分け合って
必要な分だけいただくという姿勢。
さまざまな植物が混在する森のような農の形。
これも縄文とつながるんです。

縄文時代と弥生時代を分ける大きなポイントは
「稲作」にありますが、
実は縄文時代の中ごろの遺跡からも
もみがらが見つかっていて、
縄文人は米の存在をすでに知っていたのではないかと
いわれています。

ではなぜ稲作をはじめなかったのか?
技術がないからということも考えられますが、
水の流れを変えて、木の実のあく抜きをする設備を
作ってしまう人たちが、技術的な問題で
稲作をやめたとは思えません。

日本は縄文時代から多様な植生の森がありました。
縄文人の主食は、獣の肉ではなく木の実。
秋に実る木の実を穴に埋めて貯蔵したり、
土器で煮炊きすることによって、
いろいろな植物を食べることができるようになりました。

移住をし、隣の集落と一定の距離を保ちながら
自然を壊さず恵みをいただく生活をしていた彼らにとって
稲作は必要なかったのかもしれません。

現に、弥生時代に入り、狩猟採集から稲作へと
生業が変化すると、稲作のための土地や水を奪い合い
人間同士が争うようになってしまいました。

四季折々、たくさんの恵みをもたらしてくれる豊かな森と
そこに暮らす縄文人の知恵と自然との関わり方が
縄文時代が1万2000年も続いた秘訣。
大陸に比べて稲作が始まるのが遅い=文化的な遅れ
ではなく、文明によって自然を壊わしながら人間が便利に暮らす道よりも、自然を大切にする道をえらんだからこそ、
自然と共生した文化が長く続いたんだ。

この話を、大学の講義で聞いたとき、
日本人に生まれたことをとても誇りに思ったことを
覚えています。

でも縄文人から、植物を扱う農業もやり方次第では
自然破壊なんだということ学んでも
もう私たちは狩猟採集の生活には戻れません。
だから、今の日本で社会的な生活を営みながら
自然と共に生きることができる
自然農のやり方は、とっても素晴らしいと思っています。

おっとっと。。。
また長くなりました。
そんなつもりじゃなかったんですが。

縄文話、またゆっくりしましょう~♪
Posted by hidamarihidamari at 2010年05月01日 00:51
おー!
 おもしろいですね、縄文ワールド。
 ベルト状の年表をみてると(歴史は苦手だったな〜)、進化してきた、なんて乱暴ないい方をしてしまいますが、色々な選択のカタチのサンプル表のような気もしてきます。

 自然農にも通じるけど、まずは「満足」を感じてみるって、大事だなと思いますね。

 身体のケアって、やはり基本ですね。       あ〜、食べ過ぎるなぁー。(台無し(*_*))

 割れた蓋は、復活できそうですか? 立体パズル、はまりそうだな。
Posted by ちる at 2010年05月02日 15:35
 
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